37章 暴走にも終止符を
司祭っぽいお兄さんが魔法でかけた橋を渡ってレリとキュラがこっちに渡ってきた。
「やっぱ反射なの?」
「うん、つい反射で……キュラがいきなり魔法使うもんだから」
やっぱり。で、でも大丈夫だよね。キュラって打たれ強そうだし。なんとなくだけど。
だけど、大丈夫かな。レリに引っ張られて橋を渡ったキュラを見てるとどうも心配。反射だから手加減なしだろうし。
これでレリが空手とか柔道やってたらもっとやばかったかも。でもどうしてこれで、吹奏部に入ってるのかなー。
「レリって言ったか。ご苦労さん」
あ、司祭っぽいお兄さんがいつの間にやらキュラを担いでる。
あれ? レリとこの人、知り合いなの? どうして。いつの間に。
「あれ。えーっと、ラーキさん? どうしてこんなとこに」
私は二人の顔を交互に見たけど、関係はよくわかんなかった。顔見知り程度なのかな、って思えただけで。
司祭っぽいお兄さんは答えず来た道を引き返していく。
私とレリも置いてきぼりにならない程度の間隔をあけながら来た道を戻りながら話し合った。
「そういえば、なんでみんな気絶してたの」
「すごい揺れの地震があったんだよ。気づかなかったの?」
誰にだってわかるくらい酷かった、とレリは身振り手振りで教えてくれた。
もしかして、それもキュラのしわざ? あの城とこの屋敷がどれくらい遠いのかわからないけど。
そうだとするなら、黙ってあげたほうが良いよね。
鈴実がすっごく怒りそう。鈴実が怒ったら誰にも止められないからなあ。
空気が振動することもありえそう。制御がきかなくなるんだよねー。
「……言わないであげよう」
「キュラがやったの?」
う。こういう時のレリは勘が鋭いなぁ。でもレリなら怒らないかな……?
「多分……あのね」
私はレイに引っ張られて皆とまた離れた後のことをレリに全部話した。
「―――ってこと。お願いだから皆には喋らないでね?」
「うん、いいよ。それにしても、キュラって強いんだ。足も速かったけど」
皆で私のことを探す時に駆けまわってて速かったんだよ、とレリがそう付け加えた。
「うーん。あれは、強いっていうのかなあ。違う気がする」
「非力じゃないならね。あー、でも人が変わった感じがしたんだよね」
顔は笑ってるけど、なんだか危なげな表情。普段からはズレてるように見えたよ。
レリはそう付け加えた。うん、私もレリと同じ。
瞳の色もいつもは緑なのに赤くなってたし。あれはなんだったんだろう。キュラの二面性?
あれっていわゆる二重人格なのかな。それとも疲れて限界を超えると爆発して見境がなくなるの?
ストレスが溜まりすぎると行動が豹変する人っているもんなあ。それは本人だけが悪いんじゃないけど。
私はキュラのこと、レリたちよりも知らない。出会って翌日に私が迷子になって、丸一日分の空白の後に再会した。
二夜も皆と離れ離れだったから、その間に何かあったのかもしれない。
それか私が行方知らずになったことに胃を痛めてたのかもしれない。反省しなきゃならないのは私たちかも。
「そういえばさ。まだ皆、起きてないのかな?」
「私が戻ってきた時はね。でもそろそろ起きててもおかしくないんじゃない」
「レリだけ、いないわね」
「どこ行ったんだかなー」
あたしたちが不意打ちの地震で気を失っていた間に、レリがどこかへ行ってしまっていた。
「にしても……」
頭が痛い。ズキズキする。まあ、痛いだけで動きに支障はないから良いってことにしとく。
美紀はあたしと靖よりも打ち所が悪かったみたいで今はまだ起きそうになかった。
「どうすんだよ。勝手に人んち歩き回れないだろ」
「そんなことわかってるわよ。今は待つしかないわ」
探しに行ってかえって迷子になりました、じゃ情けないしね。
こういう場合は事態を悪化させないために待機するというのも大切だわ。
それを説明しようと靖の方へと顔を向けた瞬間、部屋の扉が乱暴に開かれた。
丁子が軋む音と共に何か大きなものが投げ込まれ、ソファの背にぶつかった。
「なんだ……ってうぉわ!? キュラじゃん!」
靖の叫んだ通り。床には気絶した様子のキュラが転がっていた。
一体誰がこんな酷い仕打ちを? 清海もレリも、こんなことしないわよ。扉の先にいるのは、誰。
「うわーっ、ダメだよラーキさん!」
「ルシードさん絶対離さないでね!」
「離せ!気の済むまでやらせろ!」
「やめとけ。気を失ってるだろう」
「お前は鬼か」
あたしたちは唖然とした。張りつめた空気が壊れて、一瞬でドタバタ劇になったわね。
扉の先には怪しい人間をまともそうな剣を背負った人が羽交い締めにしているという光景があった。
清海とレリの2人はそろぞれが怪しい人間の腕を押さえている。
それと清海を引っ張っていた、確かレイだっけ? そいつは1人涼しそうな顔をしている。
ついでに、靖は剣に目を輝かせていた。剣を一応持ってるけど背負うような剣、見た事ないのかしら。
この剣オタクは。そんなことやってる場合じゃないでしょうが。
「靖、怪しいのからキュラを引き離しなさい。ほっといたら、キュラ殺されそうだわ」
「……お? あ、ああ」
靖が引きずってキュラをあたし達よりも後へ持っていく。怪しいのがこめかみをひくつかせる。
「俺が怪しい? お前この俺を何だと思ってる」
「キュラを殺そうとしてる怪しい人間」
あたしは即答で間髪いれずに言い返す。ホントのことだし。
「えー! 鈴実、ラーキさんのこと覚えてないの!? 命の恩人だよ、あたしの!」
レリが叫んだ。何もそこまで驚かなくても……ああ、そういえば。
だいぶ前にレリと森の中に迷った時みかけたわね。レリが二回も世話になったんだったかしら。
レリのお姉さんを紹介してくれたていう一回目と、あたしと一緒に散歩に出かけて迷子になった二回目に。
確かに顔は知ってたけどレリほどよく話してたわけじゃないし。あたしの中では忠告の人止まりよ。
善意で忠告寄越してきた人が、今度会ったらキュラに暴力振るってるとなれば言うべきは一つだけ。
「怪しいことには変わりないわ」
あたしの言葉にコクコクと靖も首を縦に振る。多分、美紀も同じ考えだわ。
「う…………あれ?」
あたしが頭だけ振りかえらせるとキュラが痛いとかうめきながらお腹をさすっていた。
それを見てレリがあははーと笑った。なんとなく顔が引きつってるように見えるのは気のせいじゃないわね。
どういう経緯かは知らないけど反射でノックアウトしたのね。さすが怪力娘。
「起きたな」
ゆらりと怪しい人間が動いたかのように見えた。何、さっきの。
「あれ? 知らない人までいる……何なの?」
キュラはこんな時でもニッコリと、正確に言うなら両目を伏せているような顔で首を傾げた。
「ほーう…覚えてないとは良い度胸だ」
「? あ……」
キュラは疑問符を飛ばしていた顔をさーっと青くしていった。
何かとんでもないことやらかしたのかしら?
「このバカボケ弟子……ラムシャ奏でる鎮魂歌とともに奥隅に潜む闇を葬れ光の色を与えろ!」
「魔法!? こんなとこで使われたらたまったもんじゃないわよ!」
「うわああああああ!」
光の弾があたしと靖を通りすぎたかと思うとキュラに触れた瞬間火花が散って爆発した。
でもなぜかキュラの体は吹っ飛ばなかった。でも、意識を失ったかのようにゆっくりと倒れた。
動かない。キュラは眠りにおちたかのようにビクともしない。なんで。
あたしと靖は何ともなかったのに。どうしてキュラだけ?
「ラーキさん!?」
「やばいよー、この人!」
怪しい人間はまた魔法を唱える。標的はもちろんキュラ。
火球がキュラと近くにいた靖に降りかかろうとする。逃げられない!
「うぉっ! こっちくんな!」
身構えてかざした靖の手に炎がぶつかる寸前に消えた。今度は何。
「え……靖、さっき何したの?」
怪しい人間の右腕をおさえながら清海がぽつりと言葉を漏らした。
「いや、な、何もしてないぞ俺。ただ消えろって」
自分の両手をじーっと靖はみつめる。あたしも覗きこんだけど靖の両手に何か変わった様子は見当たらない。
剣道部に入った頃は目立ってたまめも今頃は見当たらない。うん、腕を上げたのね。
『ゴッ!』
何、さっきの鈍った音。何かが一緒に1つの物を殴った音がしたんだけど、金属音が二つも。
「レイ!? ルシードさん!?」
「ラーキさん、倒しちゃった……」
よくわからなかったけど清海とレリの言い様からしてあの二人がやったみたいだけど。
そこまでする理由がよくわからない。止めるにしては些か強引すぎない? やりすぎとは言わないけど。
「まあ、とりあえず元凶は封じたわね」
「そうだけど……でも、一応、この人のやったことにも」
ねえ、とレリと清海はお互い顔を見合わせて頷いた。
「は? どういうことよ」
キュラが、この怪しい人間じゃなくても絶対に恨み買うようなことをしたっていうの?
「まあ……正当性があるっていえば」
「あるんだよねぇ」
「話が見えないわよ、それじゃ」
「キュラが何かしたのか?」
「実はね……キュラ、この人に何かやって気絶させたっぽくて」
「キュラとラーキさんは師弟みたいなものなんだけどね」
つまり。弟子が師匠にケンカを売ったと。そんな理由であそこまで?
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